ウラジオストクの人々のアイデンティティー
ホステルの姉えーちゃんと話して
街の雰囲気を見ていて
感じたことが一つ。
ウラジオストクの人々は
ウラジオストク、あるいは
沿海地方であることを誇りに思っていて
欧州でないことなどに対するコンプレックスは
微塵も感じておらず
むしろ、我々はモスクワなんかと違う
独自の路線を歩んでいくんだ!!
という感じがしました。
地理的に近いというのもありますが
日中韓との交流も、相当に盛んなようです。
以下に掲載した写真にも
その様子が垣間見れます。
街中にあった看板


ウラジオストク建設150周年を祝った看板です。
ノボシビルスクでも、似たようなの見ましたっけ。
ウラジオストクの
東アジアとの交流っぷり。
期待の裏切らなさっぷりを
とくと御覧下さい。
街で出会った意外なもの





Dydoさんが、現地の方々と手を組んで自販機を置いています。
まさか、こんなものまであるとは…。
ってか
間違えてコイン入れちゃったら
返してくれないんっすか??
ちょちょちょーい。
ちなみに
ХОЛは全部売り切れでした。
おいーっ!!
ウラジオストクの交通事情
列車内にて
相席のルーシのお母さん。
どうやら、ウラジオストク近郊出身の方。
東へ進むほど、日本車率が増えてる感じがするんですよ。
ノボシビルスクでは50%くらい
ウラン・ウデでは70%くらい
ウラジオストクでは…100%だったりして
なんて話をしていたら、このお母さん
「そうよ、100%よ」
とニンマリ答えてくれました。
ウラジオストクの日本車率 95%
5%は、都市交通など
左ハンドル、右出入口じゃないと困る車で
これは、ほぼ韓国からの輸入でした。
ブランドも
現代、起亜、大宇の三つがほぼ占めていました。

韓国語表記が残ったままのバスも多く見かけます。
日本車
というよりも
日本で販売されている中古車
あるいは
右ハンドル率
というほうが正確かもしれません。
ブランド自体は非日本車なのもありますし。
車内でブリヤート人のマダムに
「右ハンドルは危なくないですか??」
と尋ねた時も
「もう慣れたわよ」
と言っていましたし
ホステルの姉えーちゃんも
欧州ロシアに遊びに行ったときに
車が左ハンドルで逆に怖かったわ
と。
右ハンドル車が溢れかえった結果
住民の方々が右ハンドルになれて
その後も、右ハンドルを好んで購入する
そういう傾向が生まれているようです。
おぉ…なんという開発経済学。
■
今日のできごと 297日目 100625
- 朝
- ホステル
- 風呂フロfuroふろ風呂ぉぉぉぉぉぉっ!!
- この10日でシャワーで体洗えたのが4回。あぁ、文化的生活って素敵…。
- ホステル副管理人的なお姉さんが「お昼、作ったから一緒に食べましょ」とのこと。モスクワ大の食堂でよくみたポテト炒めと、プチトマトサラダ。うぉぉぉぉーっ!!これですら豪華に見える…。
- 美味しくいただき、後片付け
- 洗濯も終り、一度外出
Road to Japan Day 11 シベリア鉄道2日目
シベリア鉄道社内
車内トイレ付近


1枚目はゴミ捨て場
2枚目はトイレのドアです。
ここには、220V、Cタイプのコンセントがあります。
車両によって1つだったり、2つだったり。
ここでは、携帯電話、カメラなどは充電できますが
ノートパソコンなどの充電・接続は禁止されています。
トイレの使用、プラグの使用は
時折、断りなく止められることがあります。
その場合、乗客のみなさんは
みな、別の車両のを利用しに行きます。
この日は
ウラン・ウデ―ハバロフスクの間を通ったときでした。
特に、Читаを過ぎたあたりから
ノボシビルスク―ウラン・ウデ間ではみられなかったような
荒廃した地域も見受けられましたし
先日の日記に書いた
古儀式派の方々の集落があったりと
なかなか興味深い車窓の風景でした。






















